私は四人姉妹弟の中の次女です。姉と妹の間で弟がいれば、当然次女ということになります。
三人姉妹は三才置きに年が離れていましたが、弟は遅く生まれ、私より9才下です。
10才から15才位の私はかなり忙しい子供生活をしていました。
『お前は足が速いから。。』と買い物は私の役、キノコや、セリ取り、フナを獲ったり、食用になる物を母に持ってきたのも私、そして、それらを母とツクル{きれいにする}仕事も私でした。母が喜んでくれることには、何がなんでもした私でした。山から母の好きなチゴの花を摘んで、しおれないように{チゴはすぐ、しおれてしまう、頭をさげてしまう花}家まで突っ走った私。母の好きなマーガレットが橋の下の河原に咲いていると、危なっかしいハシゴを降りて、採ってきて、母の喜ぶ顔を見たがった私。
私はおだてに弱い子だったのかもしれません。褒められるとすぐ、夢中になってやるタイプです。学校から帰ってくると、じっとしている事はまずありませんでした。
母は病弱で私と姉はかわりばんこに夕食の用意をしていました。
母が卵で何かして、というと、もう、10才の頃に私はほうれん草を中に入れたオムレツや、茶碗蒸しまで作ったことがありました。また、自分で考えた卵のパン粉焼きがあります。
ただ、パン粉のついた卵です。そして、今日、主人が昼食に軽食がいい、というので、このパン粉つき卵焼きをしました。
私が10才のときに考えた卵料理ですよ、といい加え、さて、どうやって作るか知っている? と聞くと、小麦粉をつけてパン粉をつけたんだろ、と答えました。でも、どうやって、つけるの?と問い返しましたら、フライパンに油をひいて、パン粉と小麦粉をいれ、そこに卵を落とし、その上にまた、パン粉をかける、というようなことを言いました。
さて、それでうまくいくと、思いますか?
作り方。 小皿にパン粉を丸くひきます。その上に黄身が真ん中に来るように静かに卵を落とします。そして、その上に満遍なく、パン粉を振り掛けます。5分ぐらい、そのままにしておくと、卵が固まって、お皿からもはがれるようになるので、これを油をひいたフライパンで焼くのです。
これをサラダの上にのせて、ほかの野菜を添えて、お昼の出来上がり、安上がり。
そういえば、姉の当番の時、生卵が一つ、お皿の上に置いてあったことがありました。懐かしい思い出です。
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